映画:ジーザスキャンプ


映画『ジーザスキャンプ』を鑑賞。





アメリカでは福音派と呼ばれるキリスト教原理主義たちが勢力を増している。
今やアメリカのキリスト教信者の25%が福音派





福音派がなぜ勢力を増しているか。





この映画で言われていることを乱暴にまとめると、
共和党が自分たちの勢力を強化するため。






共和党福音派の幹部たちがお互いの利権を拡大しようと手を組む。

福音派の幹部たちが宣教師を使って信者たちを共和党が素晴らしい党だと洗脳していく。






大体このような流れで。






で、
その福音派の主張をこれまた乱暴にまとめると、

●すべては神が創造した物。進化論は嘘。
資源なんてなくならない。ガスも電気も使いまくろう。環境破壊もなんのその。
なにもかもイエスが再臨してなんとかしてくれるんだぜ。

●中絶反対

政教分離はナンセンス。共和党万歳。ブッシュ万歳






そして、この福音派の人たちが、
自分たちの子供を福音派に染め上げるためにすることがある。

まだ幼稚園児から小学生くらいまでの子どもたちを、
キリスト教福音宣教会ベッキー・フィッシャー氏が主催するサマーキャンプに出すのだ。

この映画はそのサマーキャンプの様子を撮ったドキュメント映画。






これがなかなかえぐい。





中絶される赤子を模した人形を子供たちに見せるなどして罪の意識を感じさせ、
不安定になった子供たちをアジり、トランス状態にさせる。
そしてすべてはリベラルが悪い。この世界のすべては神が作ったものだと教え込む。

子供たちは「ごめんなさい。もうこんな世の中は嫌です」と天を仰ぎ泣き叫びながら、
エスに許し乞い、彼の再臨を祈る。






大体こんな感じのテクで子供たちは100パー福音派の教えにずっぱまり。







大人が自分たちの都合のために、
子供から信教の自由、考える自由を奪っていく。







その様子が
小気味のよい実に淡々としたテンポ描かれていく。






作品全体に流れるそのクールなテンポが、
大人たちの無自覚さ、
洗脳することの容易さを浮き彫りにしていく。






誰も何の抵抗も示さずに、
淡々と、淡々と、
ミッションは遂行されていく。







迷うことができなくなった子供たちからは、
キリスト教のためなら死ぬことも厭わない毅然とした意志の力が滲み出ていた。






明確で絶対的な人生の目的を与えられ、
喜びに震えているその眼差しに寄った数々のカットが、
子供たちがいかに盲目であるかを鮮やかに表していた。






でも、
自分以外の何かが絶対になったら、
それはもう生きているとは言い難い。






生きるために信じるのではなく、信じるために生きる。
それはもう生きているとは言い難い。






フィッシャー氏が福音派の主張が正しと思うかどうか子供たちに挙手を求め、
手を挙げない子供たちの手を、
その親たちが強制的に挙げさせていたシーンが特に印象的。
矯正教育ここに極まれり。






でも宗教学者によると完璧な宗教的洗脳は、
“性”に目覚めるまでは難しいらしい。
“性”に目覚めたときに、初めて人は原罪を感じることができるということだ。






それまではいくら洗脳しても、
子どもが宗教を信じようとするの最大の理由は、
“ほめられたい”という承認欲求らしい。






“性”に目覚めて、
自分や他人の欲深さに絶望しなければ大丈夫ってことだが、
それって不可能すぎる。






だから自分から目をそらさず、
自分で自分を認めてあげられるような子供を育てないといけない、
断食を他人に強制しながらブクブクに肥えたフィッシャー氏を観ながらそう思った。